広島は「安芸門徒」「真宗王国」とも言われ浄土真宗のお寺が
とても多いところです。
はるか鎌倉時代から脈々と受け継がれる広島の文化を紹介します。
1月16日は浄土真宗を開かれた親鸞聖人のご命日です。
親鸞聖人は、鎌倉時代のお坊さんで、旧暦の1262年11月28日に京都で亡くなられました。
新暦では、1263年1月16日なので、この日を浄土真宗本願寺派の寺院では親鸞聖人の命日としています。
広島には、安芸門徒(あきもんと)と呼ばれる浄土真宗門徒が多く、
親鸞聖人の命日の前の日のことを「御逮夜 (おたいや・おたんや)」 と呼んでいたそうです。
もっと分かりやすく言うとクリスマス前夜のことをクリスマスイブと呼ぶように、
親鸞聖人の命日の前を「おたんや」と呼んでいたということです。
今でも、
「今日はおたいやですね」
「この季節になるとにごめが食べたくなる」
「子供の頃からおたんやにはにごめを食べた」
という声をよく聞きます。
今回は、広島の文化にもなっている「広島と浄土真宗のつながり」についてお話したいと思います。
広島県西部の安芸地方は全国的にも真宗信仰に篤い地域として知られ、
広島のことは「真宗王国」と呼ばれ、広島の門信徒のことを「安芸門徒」と呼ばれています。
以前、行われた中国新聞の調査によると広島県民の60パーセントの人々が安芸門徒(浄土真宗を信仰している)だそうです。
安芸門徒の信仰の中心となったのが広島別院(旧仏護寺)を中心とした寺町です。
寺町は広島城の城主となった福島正則によって広島城の対岸に寺院を集め、広島城下町の要(かなめ)とされました。
毎年、この時期になると、90歳近いとても元気でお料理上手な大杉さんから「にごめ」をいただきます。
「にごめ」とは、広島県内全般で広く作られるお精進の郷土料理のことで、実は浄土真宗とゆかりの深い精進料理の一つです。
「小豆、大根、里芋、ニンジン、ごぼう」などをさいの目切りにして、昆布でだしを取り、醤油で炊いた煮物です。
家によっては、味噌などの調味料を加えたりして、各家庭の味があるようです。
安芸門徒は昔から親鸞聖人のご命日前後には、精進する習慣があり、
煮ごめを鍋いっぱいに作って、何度も温め直して食べていたそうです。
この時期は、肉や魚介類などを食べずに、にごめなどの精進料理を食べていました。
このにごめが広島の郷土料理にも発展していきました。
安芸国広島藩の地誌『芸藩通志』(げいはんつうし)(1825年)には
「毎歳祖師の忌、11月22日より28日まで素食し、漁猟をせず、
その他の諸宗も、各その祖師の忌を修すれど、親鸞宗のごとくなるはなし」
と書いてあります。安芸門徒は他の宗派とは異なり、
江戸時代にすでに、精進を行っていたことが分かります。
この「にごめ」大根、里芋、ニンジン、ごぼうなどの根菜類のほか、
親鸞聖人の大好きだった小豆を必ず加え、親鸞聖人を偲んでいたそうです。
安芸門徒の信仰の深さはこれだけではありません。
親鸞聖人のご命日の前後の期間はなんと市場も全て休みになっていたそうです。
先ほど紹介した『芸藩通志』にも「狩猟をせず」と書かれてある通り、
漁師さんが海に出ないので市もたたなかったそうです。
そのために広島ではこの期間は、漁師さんだけでなく、市場も、町の魚屋さんも休んでいました。
これは江戸時代から続いていた広島独特の風習で、この期間は殺生を避けるという意味で、
漁を休み、魚市場も1月14・15・16日の3日間はお休みで、
「おたんやの市止まり」と言っていたそうです。
当然この日に飲みに行っても市が休みで食材が無いため
お酒を飲みに行くということもなかったそうです。
大型スーパーの開店や時代の流れとともにこの習慣は無くなったそうですが、
それでも最近、平成の時代まで続いていたそうです。
現在では市場も開いていますし、にごめを作るご家庭も随分減っています。
浄土真宗門徒が多い広島ならではの風習、
郷土料理が忘れかけられていることは寂しい気もします。
安芸門徒の信仰生活の中で育まれた食文化や習慣を大切に守り、
広島独自の大切な心を、あらためて見直したいと思います。